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秋の活動再開:午前「松戸を知る会」、午後「松史会」を市博で例会再開へ 10/6(水)報告

更新日:2022/12/26
掲載日:2021/10/06

 コロナ5波の制限解除、学習部会も再開しました。10/6(水)には、市博(いちはく、市立博物館)の実習室で午前中「松戸を知る会」が、午後からは「松史会」が学習会を開きました。午前中は『イラスト・まつど物語』をテキストに、"自称:松戸を知らない者の集り"として読みすすめました。来月11/3(水)には、松戸駅集合で駅周辺の徒歩見学会を予定することになってます。
  午後からの"自称:ベテランの集り!"の「松史会」は、『松戸市史下巻近世編―小金牧(こがねまき)』の輪読へ。輪読当番のTさんが、すずやかによどみなく10ページ分を読みこなして、みなさんから感謝の拍手でした。合間合間に、"文中には関係ないんですけど?…"と、浮かんだ疑問やら、体験やらの"オラの質問"へ。勝手に答えるほうも、持てる博識やら推論を吐くようにした2時間でした。11月例会は、11/3(水・祝日)13時半~。


江戸幕府の誕生の頃、冬の陣とか夏の陣の頃は、軍馬が必要だったが、太平の頃になると、房総のいくつもの牧は野生馬を売却して幕府財政へのソロバン勘定へ。「―小金牧の野馬も1639年(寛永16)、72頭は17か村・54人に売り付けられていた。江戸へ8人・15頭、小金へ22人・25頭など―」。"なんで、小金に多かったのか!?"と質問のはじまりへ。各員、"小金は水戸道中の宿場として栄えていたから、荷物運びに必要だった!"、"江戸川の新田開発がすすめられてたからだ!"、"いまだって、小金には新松戸あたりの地主なのが多いんだぞ!"、"もともと、高城氏の武士層が小金に残ったからね!"、あれやこれや。締めは、開催中の企画展『古墳時代の―』河原塚古墳・栗山古墳は地元・松戸のことですから見学してかえりましょう!と、解散デシタ。*松戸を知る会・松史会ともに毎月第一水曜です、会員募集してます。

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