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講演会報告:『9世紀から14世紀までのイラン製陶器の歴史/奥井コレクション』神田惟氏 5/7終わる

更新日:2022/12/26
掲載日:2022/05/07

 5月7日(土)午後、市立博物館講堂で神田 惟氏・日本学術振興会特別研究員PDによる『9世紀から14世紀までのイラン製陶器の歴史/奥井コレクションのイスラーム陶器を読み解く』と題した講演会がありました。以下、当日の講演と資料から内容の一部を紹介します。
 
〇イスラーム陶器とは、7世紀以降の西アジアを中心とした地域で製作された陶製容器の総称であり、わが国との関わりの起源は8世紀後半~9世紀にも遡ります。西アジアの物産品を運搬する容器(コンテナ)などの交易品として、イスラーム陶器は日本にもたらされました。この時代より近代以前までに製作された青緑釉陶器の出土は、ペルシア湾沿岸・中国・東南アジアのほか、日本でも平城宮跡や鴻臚館跡・大宰府などで出土しています。
 17世紀に入ると、大名屋敷にて生活雑器として倣青花陶器やイズニク陶器が使用され、前者として長崎では15世紀サファヴィー朝下のイラン製透明釉下藍彩陶器が出土しました。それは、明・清交代に伴う内乱により、景徳鎮の青花染付などの生産が途絶えた為で、代替品の一種としてイラン製の倣青花陶器が国際的に流通したからです。また、本郷の現・東大病院の地点にあった大聖寺藩上屋敷跡からはイズニク陶器(オスマン朝アナトリア製の釉下多彩陶器)が出土しています。これは天和の大火(八百屋お七の火事)にともなう整地の際に、廃棄された火災焦土層から大量の磁器破片とともに見つかったものです。

〇近代以降になると、イスラーム陶器は古美術品としてもたらされるようになり、原三渓から益田鈍翁など財界人らや、芥川龍之介なども収集したそうです。戦前は欧米好みの華やいだタイプを日本の美術商社が欧米経由で買い付けましたが、戦後には斯米隊によるイランでの学術的発掘調査により、9~10世紀の民芸風タイプの多様な出土品がありました。それらとされる素朴で色鮮やかな陶器がテヘランの美術品市場へと流出し、日本にも入ったようです。また、技術が進んだ12~13世紀のターコイズ・ブルーの釉薬を有する精緻なタイプも、この時期に収集されました。余談となりますが、華麗な文様の中に一見読めそうで、実際には読めないという倣文字文が描かれているのもエキゾチックで素敵です。
 そして、13世紀後半、モンゴルの征西によるイルハン朝の成立で、イスラーム陶器の形状に中国的な要素が取り込まれたり、従来に無い新しいスタイルの陶器も出現しました。日本のコレクターも戦後ともなると、古美術商をはじめ学者や現地駐在員家族・美術家へと裾野が拡大してゆきました。

〇2年前に圧巻のコレクションを松戸市立博物館にご寄贈くださいました奥井俊美氏(1935~2020)は、農機の技術指導のため1970年代に8年間、イランの首都テヘランに駐在されました。その折に、宝くじに当選されて(インフレ発生前の1,000,000IRR)、9世紀から14世紀の前半に至るまでの約80点のイスラーム陶器を同地で網羅的に収集されました。これらはイランや欧米の著名なコレクションに匹敵する品質・状態であり、かつ日本国内にあまりないタイプの作例をも含んでいます。
 すばらしいご縁により、国内屈指のイスラーム陶器コレクションが松戸市立博物館に加わったことになります。西南アジア地域の資料群はより拡充され、高度な調査研究が更になされるでしょう。とともに、今回初公開となる奥井コレクションをはじめ、313点にものぼるいにしえの造形から、イスラーム陶器へと歴史を辿り、博物館を活用する私たちの楽しみもまた、一層に高まることと思われます。
(聞き手・清水)

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